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ダンシング・チャップリン

バレエと映画。しかも、プティとチャップリン。

・・・これって、ハードル高すぎませんか>周防監督?(笑)

チャップリンというあまりにも偉大なモチーフを、あのローラン・プティを相手に。

とは思ったけれど、観てみたかったのも事実。

1部はドキュメンタリー、2部はバレエの二部構成。

より興味深かったのは、1部のドキュメンタリーの方でした。

周防監督が、ローラン・プティ、チャップリンの息子さんに会いに行き、どんな映画をつくりたいかを練っていく過程。

同時進行で、バレエシーンをつくりあげるダンサーたちのプロセスもはさまれていきます。

チャップリンを演じるルイジ・ボニーノと草刈民代さんの振り写しのシーン。

ルイジが言います。

「世界は美しい、こっちも、あっちも」「けれど君は(自分が)どこにいるのかわからない」

手探りで世界を探っていくかのような草刈さんのすぐ後ろにルイジがいます。

「僕はずっと君のうしろにいるんだ」 でも草刈さんにはわからない。

その理由が2部のバレエシーンを観るとわかるのですが、それを知らなくてもこのシーンは印象的。

それからプティと周防監督のシーン。

監督は警官が登場するバレエを公園で撮りたいと提案します。しかしプティは「それなら私は降りる」と言う。

周防監督は、チャップリンが「公園と警官と女性がいれば映画はつくれる」と言っていたことから、どうしても警官のシーンは野外で撮りたかったのです。

けれどプティは「ダンサーが最高じゃないか。他にはなにもいらない」と言うんだよね。

最終的には監督が自分の意見を通して野外で撮影されたのですが、実際に映画を観てみると、私はプティの意見に賛成でした。

背景があると、せっかくの踊りが背景に埋もれてしまうのです。警官のバレエは、たぶん、何もない空間で、純粋に踊りだけを見せた方が、あのコミカルな動きが生きたと思う。

それにこれ、踊ったダンサーはムチャクチャ大変だったと思うよ。地面といい、踊る環境としては最悪だろうし、足は大丈夫だったんでしょうか?

でもここは、“何をみせたいか”の違いというか、プティはやっぱりバレエの世界の人だから、バレエをいちばんに見せたいし、どうしたら踊りがいちばん生きるかがわかっている人で、周防監督は映画という媒体を通じて、バレエのすばらしさはもちろんだけど、チャップリンの精神を映像で表現したかったんじゃないかなぁ。

それにしてもルイジ・ボニーノ。

世界でただ一人、プティの作品でチャップリンを演じることをゆるされた人。

「メイクをして、ちょび髭をつけた君でチャップリンの作品をつくりたい」とプティに言わしめたその気持ちが、映像を見てよーくわかりました。とはいえ、チャップリンに似ているという意味ではありません。

バレエって、踊るという超体育会系ハードな肉体的部分で見せるものの底に、その人の人間性が全体を通じてどうしてもにじみでてくるというか、だからこそ同じ振り付けでも決してその表現は同じにはならないでしょ。そこに深い精神的なものを感じるのです。

ルイジはその精神性において、チャップリンを体現する何かをもっている人だと思ったの。

で、2部のバレエシーンに移るのですが、1部の冒頭で草刈さんとルイジが最も重要なパートとして、稽古をしていたのが『街の灯』という作品でした。

草刈さんがルイジがいるのをわからなかったのは、盲目の花売りだったからです。

その娘に出会い、彼女に恋したルイジ(チャップリン)が、広くて美しい世界を彼女に見せてあげたいと思うシーンが冒頭のあの部分だったのでした。

盲目じゃなくても、こんなに美しい世界が見えていない人はたくさんいるよね。

目を開けて、そのことに気づいて。世界はこんなにも美しいんだよって、あの踊りは言ってたようで、ハッとさせられたのですが、実際のバレエシーンにはこんな美しい物語が隠されていたのでした。この場面のルイジの表情には万感がこもっています。

それからもうひとつ、『空中のバリエーション』での草刈さんと相手役の人のシーン。

何度やっても、どうしてもリフトがうまくいかない。素人目にも不安定なのがよくわかります。クランクインまで日にちがない中、焦り、不安を募らせる草刈さん。

1回の舞台ならなんとかなるかもしれない。でも映画となると同じシーンを何度も撮ることになる。それにはパートナーが耐えられないだろうと判断して、急遽別のダンサーを呼ぶことにしたのです。

かなりギリギリの、しかし、どうしても譲れない決断だったと思います。

このシーンも2部で観て本当にビックリしました。あれだけ不安定だった草刈さんのポジションが、ピタッと決まっていて、こちらも安心して観ていられる。

ああ、これが違いなのかとよくわかりました。パートナーって大事なのね。

しかしこの映画、観終わった後に少しだけ物足りなさを感じるのは、たぶん、バレエを全部観たくなるからでしょうか。(もともと2幕20場で構成された作品を13場に縮めている)。

この後もうひとつバレエ映画が控えているので、そちらで我慢するとしますかね。

  movie ダンシング・チャップリン公式サイト ← 演目の詳細はこちらで知りました

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