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No.95が置いていったもの

No.95を使っている間、ずっと考えていたのは、自分のゴールドを心から信頼できますようにということ。
・・・それは裏を返せば、ずっと信頼してなかったということになるのだけれど。

1+1なら誰でも同じ答えを出せる。その答えは書くことも見ることもできる。

けれど、たとえば自分の根っこの部分で、何かを決める際のかなり重要な判断基準としていたことは、もっと違う感覚で。
それは1+1のように誰にでもわかるようには提示できない。
現実的に証明できそうにもない。

それでも、ただこれなんだとしか言いようのない感覚に従って自分が選んできたものには、間違いがないという体験を少しずつ積み重ねてきたことも真実で。

なのに私が探していたのは、いつも、客観的に人に説明ができる方の道でした。

まぁ、それがふつうというか常識的というのでしょうが。

でも、ふと証明できなくてもいいんじゃないかと思ったの。

自分がそれを納得して了解できていれば、人に証明する必要はない。

けれど、自分がいちばん了解できていないから、自分の外に判断を委ねてしまうんだと。

たとえばなんでもいい、心理学でも○○学でも。
何か、外の基準を使って、自分を確定しようとして、それを使いこなす方法を探したり、習うことに夢中で、見たい対象はどこか置き去りになってた。

でも外の基準はたくさんあって、どれもがもっともらしく、少しずつ何かが足りない。

自分が心から納得して確定できることがあるとしたら、それは自分の内にしかないのに。

だから外じゃなく、自分の内をみようと思う。それがNo.95のいちばん大きな置き土産。

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