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No.22終了

今朝No.22が終わりました。最初に浮かんでいたゴミみたいなものはボトルをシェイクするたび粉々になって、結局液体にまぎれてなくなったみたいです。空になったボトルをのぞいても今は何も残っていません。

このボトルが通り過ぎていった時間、私は、ちょっと不思議な立ち位置にいました。

息子の受験、老いていく親たち、祖母の死。

おもしろいなぁと思ったのは、息子の受験を通して、当時の母の気持ちを追体験したことです。

受験は私自身も体験したことがあります。その時のプレッシャーや不安、合格した時のうれしさ、新しい生活に向けてのワクワクした気持ち。今でも覚えています。
その時は、これから自分が送るはじめての一人暮らしで頭いっぱいで、ひとり残る母のことなんて、まったく気にもしてませんでした。

ところが今回同じような状況で息子のことを母にメールした時、「仕事から帰ってもひとりぼっちで、本当はさびしかったんだよ。その時のことを思い出しちゃった。」と言われ、はじめて母の当時の思いを知りました。

子どもが行きたい道に進んで行くことを喜ばない親はいないと思います。

小さい時はその成長をすぐそばで見守っていて、そばにいることが当たり前だったのに、だんだん親の見えないことが多くなって、いつのまにか独立していくんですよね。

自分がしてきたことを、自分の子どもを見て知り、

自分の子どもを見ることで、親の気持ちを知りました。

人生ってさ、道なりにぴやーって進んでいって、通り過ぎたらもう戻れないからおしまいってわけじゃなくて、

こんな風に

通り過ぎていったことにも、うんと先に、見えるものがあったり

自分のことでも、自分を通しては見えないことがあって、人を通じて見えてくるものもある。

そんな意味での「再生者」「再誕生」だったのかもしれないなと。

そんなことを思わせてくれたボトルでした。ありがとう。

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