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ハーフェズ ペルシャの詩

「ハーフェズ」

イスラムの聖典コーランの詩句をすべて暗誦する者に与えられるアラビア語の尊称。

物語は青年シャムセディンがコーランを学び「ハーフェズ」となる場面から始まります。

真実は鏡のようなもの。神は天から鏡を落とし、人はそのかけらを拾い真実を掴んだと思っている。

そんな言葉を学んだ後、シャムセディンは小高い丘の上にある土でできた家に向かって登って行きます。その家の前に座る彼の顔に、光を投げかけてくるものがありました。眩しさに目を細めながら、光の元を追って丘を下っていくシャムセディン。彼が水の中に見つけた光の元は、割れた鏡のかけらでした。

その後、彼はさる宗教者の娘であるナバートに、コーランを教えることになるのです。

命の円の中心には賢者。しかし愛を知ると賢者も円の中で迷う。

ふたりは恋をします。しかしシャムセディンは結婚前の娘と詩を詠み交わし、視線を交わした罪を問われ「ハーフェズ」の称号も剥奪されてしまうのです。 

セリフではなく、コーランと古代ペルシャに実在した詩人:ハーフェズの詩歌が現実にかぶさるようにこの世界を彩っていきます。そして象徴的に使われる「鏡」。鏡は先の言葉のように真実の代名詞であり、同時に愛の象徴だったのではないでしょうか。

シャムセディンはナバートへの恋を忘れるために、願いを叶えるといわれる「鏡の誓願」の旅に出ます。しかし旅で出会うものごとは、恋を忘れるというより、愛につながる過程の旅だったように思うのです。

鏡はシャムセディンから、人の手を渡り、彼と同じ名まえを持つナバートの夫シャムセディンへ、そして最後にナバートの元へやってきます。はじめ鏡は願いを叶えるために所有する物でした。けれど旅の中で鏡は他の人が生きるための道具となったり、人が所有する物となり、渡り歩いて行く中で、どんどん生かされていきました。

愛は所有するものではなく、生かし、生かされるものなんだなあと思ったのだ。

そしておもしろいことに、今日という日は「白い倍音の鏡」の日。

070817_hafez_main_3 本当は別の日に観るはずだったこの映画を今日観ることになったのは、まったくの偶然が重なったことなのだけれど、なんだかステキな偶然の一致にうれしくなったももなのでした。

←ナバート役の麻生久美子さん。この写真に惚れた!

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