2015年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

発掘はコチラ

  • カスタム検索

« 高千穂夜神楽写真集 | トップページ | 小さいときあつめていたもの »

ヴィットリオ広場のオーケストラ

「L'ORCHESTARA di PIAZZA VITTORIO」タイトルはまごうことなきイタリア語。だけどこれRimg0351 はイタリア映画なの?というのがのっけの感想でした。

なにしろ登場する人物がどう見ても生粋のイタリア人じゃない(というか“生粋のイタリア人”ってそもそもどんな人って考えてしまった・・・)。インド、セネガル(どこ?)、チュニジア、キューバ、アルゼンチン、エクアドルetc.。そこに少数のハンガリー、アメリカ、イタリアの面々。オーケストラを構成する楽器は名まえもわからない民族楽器。そして奏でる音楽は、・・・うーん。何風?多国籍にして無国籍な分類不能なミュージックとでも言いましょうか。

この映画は閉館となったローマにあるアポロ劇場を救済するために集まった人たちのドキュメンタリーです。

よく「音楽に言葉はいらない」と言うでしょ?この映画にもそういう部分はもちろんあるんだけれど、そんな言葉でひとくくりにしたくないっ。

集まったメンバーの文化背景からメロディラインはインド・アラブ系の音楽が主体になるのですが、音もその長さもほとんど感覚で決まるような音楽を、まったく異なる文化背景をもつずぶの素人が少数のプロに混じって演奏するというのは、お互いにとって結構ストレスなわけです。プロから見て音楽的に妥協できない部分は素人にはプレッシャーになるし。

言葉がわからないため「パララパララパパ~♪」という音ですべてカバーし歌っていたメンバーに対して、「そんなもんは歌じゃない。歌詞のないものを歌と言うか?」と怒るプロ。「オレはインド人じゃないから無理だ。」と言うメンバーに対して、「オレだってイタリアの○○県人だぞ!」と返す指揮者。

それぞれに譲れない部分があり、大切にしたいこともある。違うからこそ摩擦が起きる。でもそれは国の違いというより、人と人が一緒にいる限りどこであっても出てくることなんじゃないでしょうか。そして万能な解決策というのはなくて、互いの違いを知り、認め合い、大切にする過程の中で、そこにいる人間どうしが新しく創りだしていくもののような気がするのです。

な~んて。たぶん、ここらあたりにこの映画の意義はあるのだろうケド、いかんせん映像が好きくないので、ももの評価はイマイチなのである!御免!

« 高千穂夜神楽写真集 | トップページ | 小さいときあつめていたもの »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 高千穂夜神楽写真集 | トップページ | 小さいときあつめていたもの »