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海からの贈物

浜辺は本を読んだり、ものを書いたり、考えたりするのにいい場所ではない。頭を働かせたり、予定通りに仕事をしたりする積りになる毎に、海岸の原始的な律動の中に押し戻される。

美容院に少なくとも4時間いることになったある日、私は本を持っていくことにしました。本屋さんの新刊コーナーを通り過ぎ、文庫本が平積みされている場所にあったのがこの本。Pic00170_1 アン・モロウ・リンドバーグの『海からの贈物』です。

パッと見た目がきれいだったので手にとってしまったんだけど、最初の一文を読んで買うことにしました。その感覚がまったくそのとおり、だったからです。

自分と同じ感覚を表現する人が、ほかにはどんなことを考えて、文章としてあらわすものなのか興味がありました。

この本にはいくつかの貝殻が登場します。

私は、やどかりのように何でもなく運んでいける殻の中に住みたい。やどかりが住んでいた貝殻は簡単なものであり、無駄なものはなにもなくて、そして美しい。

ほんとに必要なものはそんなにない。この身と、愛する人と、わずかばかりの大事なものがあればそれでいいよね。物をたくさん持つのは疲れてしまうから。あり余る物たちから離れ、自分を見つめるために著者は島にむかうのです。

島というのは、なんと素晴らしいものだろう。それは何マイルも続く海で囲まれ、島を本土と繋ぐ橋も、電信も、電話もなくて、世界からも、世間での生活からも切り離されている。過去と未来は切り離されて、ここには現在だけしかない。「ここ」と「今」しかない時、毎日がそれだけで充足した性格を帯びる。

けれど、「ここ」と「今」だけに集中することが私にはむずかしい。たいてい過去を悔やんだり、未来を恐れていたりするから。

女はいつも自分をこぼしている。喉を乾かしているもののために絶えず自分というものを幾らかずつこぼしていて、縁までいっぱいに満たされる時間も、余裕も与えられることが殆どない。私たちは必要がある時に、それも直ぐに、与えることを伝統的に教えられ、本能的に望んでもいる与えることに意味があっても、与えただけものを補うための源泉がなにかなくてはならない。与えるのが女の役割であるならば、同時に女は満たされることが必要である。それにはどうすればいいのか

著者はひとりになることと答えています。女にとってはむずかしいことなのかも。

そして、この後ふたつの貝が出てくるのですが、ちょっと感慨深く読みました。

凡て人間と人間との関係は、それが友だち、或いは恋人同士、或いは夫婦、或いは親子の関係、或いはその他なんであっても、始めのうちは純粋で簡単であり、重荷になるものなどはない。二人の人間の気持ちがそういう風に最初に近寄り出した時は、ただそれだけでひとつの完全な世界ができ上がっているような気がする。二人の人間が互いに相手の声に耳を傾け、貝の両面が合わさってひとつの世界を作る。それはまだいろいろな縁とか、義理とかに束縛されず、責任も感じられなければ、未来に対する心配や、過去に対する義務も伴っていない。

しかしこの完璧な融合は、なんと早く、そして誰にも避けられない形で犯されることだろう。

そしてこの後に出てくる、牡蠣とたこぶねの時期を経て、いったい自分は愛する人たちとどんな関係を創っていくことになるのか。それは本の中ではなくて、自分の中に探していくしかないものなんだろうね。

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